今話題になってる成田悠輔さんの新しい著作「22世紀の資本主義」。
令和の虎で面白い話をしていて、もっとその思想を知りたくて購入.
そう遠くない未来、お金はこの世から消える。お金にとって代わるのは、その人の生きてきた軌跡そのものー
スカスカになってしまった資本主義
株などに代表されるように、現時点では価値の無い物事を拾い上げては将来への期待と幻想を抱き、現在に無理やりそのものの価値を付ける動きがどんどん加速している。
資本主義社会の中ではこの世の全てが商品であり、その優劣を常に測られている。
成田氏によれば、資本主義経済は「やたら口がうまい営業や占い師みたいなもの」らしい。
お金とは、蓄積した信頼の可視化である
その人がこれまでどんなことをしてきたか、どんな仕事でどんな人に貢献してきたのか、すなわちその人にどんな”価値”があるのか。
この”価値”を数値化し、現代の資本主義経済の中で優劣を比較できるように可視化したものがお金である。
しかし、その価値の簡略化としてのお金には、不透明性がつきまとう。明確な経緯を必要としないお金は、人助けをしてもらった1万円だろうがひったくりで奪った1万円だろうが、どちらも全く同じ価値の1万円だ。
また、現代の資本主義経済では、資本(お金)をより多く持っている人が”勝者”である。
しかしそれは健全な社会の目指すべき姿だろうか?
昨今、インターネットの進化とともに情報化社会の波が急速に押し寄せている。
ネットには閲覧者の好みや傾向に合わせた広告が表示され、最近では同じ商品でも閲覧者によって異なる価格が表示される機能が組み込まれるようになった。
特定の場所やデータを持つ人にのみ特別価格が提供されるクーポンなども実装されて久しい。
つまり、お金の価値が人それぞれ異なる未来が実現しつつある。
そうなった時、お金の価値は多元的になり、やがてお金そのものの持つ一元的な統一性、信頼性は破綻する。
データによる経済の「一物多価」化だ。
そこでお金にとって代わるのが、本来お金が指し示す「信頼」すなわち「個人のあらゆるデータ」であると、成田氏は語る。
お金と資本主義の持つ息苦しさを解消するのが、その人の持つデータを基にした「招き猫アルゴリズム」であるという。
測らない経済を目指して
お金で測られる価格を介さず、それぞれの人の属性とかこの活動履歴データに基づいて、誰が何を欲しているか、誰に何の能力があり、作ったりすることができるかを導出する。そうして個々人の好みや個性に基づいて衣食住などの資源を分配し、人々に行動を促す。
このシステムが「招き猫アルゴリズム」だ。
通販で閲覧履歴や行動データに基づいてその人にマッチしそうな商品やサービスをおすすめする機能の究極進化形である。
お金の価値が暴落していく将来において、お金に代わって人々の活動を支えるのは個々人の持つ様々なデータだ。
本書において重要なキーワードは「データ」「招き猫アルゴリズム」「アート」「測れない経済」などであろうか。
「データ」を用いて個々人の傾向に合わせた生活に導く「招き猫アルゴリズム」により、個人の”価値”はお金ではなくその人の唯一無二の行動や思想、すなわち「アート」に置き換わり、これまでのお金で測られた価値は「測れない経済」へと変貌する。
いや〜〜〜〜面白い。だから稼ぐより、まだ見ぬ幻想に価値を見出すよりも、今この瞬間に二度と訪れない唯一無二の価値を創り出せ!すなわち「稼ぐより踊れ(成田氏はむしろ、踊れより舞え!の方が正しいとする)」というわけなんだな。
ゲームや映画で描かれてきた未来が22世紀にやってくるかもしれない。
その時重要なのは、個々人の持つ価値観や個性、選択してきた行動であり、それがそのまま生きるための資本に置き換えられる…。何もかもが透明性を持ち信頼に基づく共同体意識と、自由の共存する未来は本当にやってくるのか。
昨今のデータサイエンスの進化ぶりを見れば、この予測が決して絵空事ではないことがわかる。
この本が語る未来を信じて、自身の行動やデータというものをもっと真剣に管理(あるいはリセットや改ざんも含め)し、磨き上げ、自分自身を唯一無二のアートに仕立て上げようと努めることは、単にお金をかき集めることに奔走する現代社会よりもずっと魅力的で本質的かもしれない。

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