13年も飲み続けた下剤を最近やめた。一日に最高で30錠飲んでいた下剤を。
下剤を飲み始めたきっかけは、中学生のときにどうしても体重を減らす必要があったから。
足りない頭で考えた結果、誰にも相談できずに密かに薬局でコーラックを買ったのだった。
当時、成長とともに太り始めて食欲も凄かった。
成長期だから当然のことなんだけど、やっぱりバレエの先生からは「太い。痩せろ」と。
そんな、太いだなんて今まで言われたこと無かったから、もの凄くショックだった。
楽しいバレエが、一気に辛くなった。
元々気が弱いもんだから、それからずぅっと「自分はデブなんだ」って考え続けちゃって、鬱っぽくなってしまった。鬱病への入り口、摂食障害の始まりだった。
そしたら逆に食べ物の事ばかり頭に思い浮かぶようになって、家族にも相談できなくて、とにかく太ってる自分が恥ずかしかった。
でも痩せようと焦れば焦るほど心にストレスが溜まっていって、口にモノを詰め込みたくなってしまう。そして本来食べる必要も、欲求も無かったのに食べてしまう。
地獄だった。
そこで、下剤を飲めば食べ物が身体から排出されるから、太らないんじゃないか、大丈夫なんじゃないかという安直な思いつきを実行することになる。中学生、下剤地獄の始まり。
初めはちゃんと、2粒だった。それでも飲み始めた時のあまりの腹痛といったらもう、忘れられない。
学校の授業そっちのけで保健室に駆け込んだり、トイレからずっと出られなかったり。
でも、夕方ごろには前日夜に飲んだ下剤は落ち着いて、お腹はスッキリぺったんこ。
すごく、快感だった。
どんなに痛かろうが、何時間授業を抜け出してトイレに篭ろうが、私はそれでも嬉しかった。自分で保健室に駆け込んでくるのに、まさか下剤を飲んでいるなんて誰も思わなかっただろう。
高校に入っても下剤を飲み続けて、バレエをやめてから大学に入っても、卒業してもずっと飲み続けた。
一日でも飲まない日があればもう、不安で狂ったように過食してしまう。
ストレスや不安が全て食欲に直結してしまうのだった。負の連鎖でしかないのに。
下剤の開始から一年ほど経ってから、今度は過食嘔吐も始まるのだが、それについてもまた今度書きたいと思う。
服用年数が経過するにつれ、2錠や3錠では全く効かなくなっていった。
服用を始めてから一年が経つ頃には10錠飲まないと満足な、スッキリ感を味わえるような排便ができなくなって、高校でも大学でも授業を抜け出してトイレに篭っていた。
今考えるとなんてことをしていたんだろうって心の底から思えるけど、当時は細いお腹でいることが、身体の中が空っぽであるという感覚がなければ生きてる感覚がしなかった。人間としての資格が無いと本気で思い込んでいた。悲しいよね。
トイレにすべてを支配されてきた青春時代だった。
四六時中トイレに篭り、トイレのために予定を断り、トイレを中心にスケジュールを組んできた。
相当なストレスだったことは間違いない。
相当なストレスだったから、本当はこんなの、早くやめたかった。でも、やめれなかった。
結局、やめられたのは踊りの世界から少し離れることにしたからだ。
バレエをやめた後、また新しいダンスの世界に飛び込んだ。過去と同様に命をかけて頑張ってきた。
しかしこれもまた長年の鬱病が良くならないから。休むことにした。
結果的にダンスを休んでもただ引きこもっているだけなのだが、下剤をやめようと思い立てたことは良かった。ダンサーは美しい体型でいなければいけない、という当然の呪縛からしばし逃れられる。
下剤をやめてからまだたった半年程度しか経っていないし、踊りの世界に本格的に復帰すればまた多用しなければならない日も出てくるかも知れない。
それでも、別に便が出なくたって死ぬわけじゃない、という一見当たり前だが当たり前に捉えられないこともある苦しみから少しでも開放されたことは、私の下剤人生にとって本当に大きな変化・安らぎになっていると思う。
案外下剤の話って、リアルな声って調べても出てこないんだよね。汚いし恥ずかしいし。
私のこの記事が誰かの支えに少しでもなったらすごく嬉しいなと思う。決して独りじゃないよと伝えたい。
そして、本質的には、下剤を使っていようが今いが、どちらでも良いんだよ、と。
やめたいと思っているなら少しでもそれに近づけたらいいよね。でも無理は必要ないんだけど。
ほとんど下剤を卒業できた現在、どのように整腸を図っているかはまた別の記事に書こうと思う。
バレエを離れたいま現在も摂食障害は続いているが、完治にはまだまだ長い年月がかかるだろう。

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